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福岡高等裁判所 昭和54年(う)128号 判決

被告人 守口正己 外九名

主文

原判決中被告人守口正己に関する部分を破棄する。

同被告人を懲役三年に処する。

原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

但し、この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

その余の被告人らの本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人有川満伸については弁護人成富睦夫、同西田稔連名提出の、被告人川上進については右両弁護人連名及び同被告人本人提出の、その余の被告人については弁護人美奈川成章提出の各控訴趣意書記載のとおりであり、これらに対する答弁は検察官提出の答弁書記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

これらに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第一各控訴趣意中原判決に対する法令の解釈適用の誤り、理由不備、事実誤認の論旨について、

原判示各事実は原判決挙示の関係証拠によつて優に認定することができ、所論に鑑みて記録を精査し、証拠物を検討し、当審における事実取調べの結果を参酌しても、所論の如き誤りや違法があるとは考えられない。

原判決が「被告人、弁護人らの主張に対する判断」の項において詳細に説示しているところは相当として是認できる。以下主な論点について補足説明する。

一  九州大学教養部本館(以下単に本館という。)占拠について、大学の自治を考究することなく、その正当性もしくは社会的相当性の主張を排斥した原判決は理由不備であり、法令の解釈適用を誤つたものである旨の主張について

関係証拠によれば、昭和四四年九月一八日教養部闘争委員会が本館の封鎖強化を決定し、原判示のとおり教職員を実力で排除し、本館一階各入口を多数の机、椅子等を積上げてバリケードを構築するや、被告人らは多数の学生と共謀のうえ、同月一九日から同年一〇月一四日までの間、多数の火炎瓶、劇薬入りの瓶、コンクリート塊、鉄パイプ、角材等を準備して集合し、さらには本館三階に通ずる各階段を同様手段で封鎖したうえ、本館六階から屋上に通ずる中央階段にコンクリートを注入するなどしてこれを閉塞し、あるいは屋上のコンクリート製ブロツク多数をはぎとり、各階の教官室、講義室の出入口扉をもぎとる等の損壊行為を続け、大学当局の退去要求を無視して本館内にたてこもつたことが認められる。被告人らの右各所為は教職員等自己と志向、行動を共にしない者の立入りを物理的に不可能ならしめ、その間建造物、器物、書籍、教官の研究結果の結晶等を損壊し、事務及び教務各部門の中枢である本館の機能を麻痺させたほか、兇器の準備集合とあいまつて、学内の平穏、秩序を乱す極めて危険な暴力的行為で、民主主義の理念に悖り現行法秩序のもとでは到底容認されない違法行為であることは明白である。したがつて被告人らの右所為の動機、目的が所論のように、大学当局の態度に抗議し、大学の自治を守り、さらには反戦、平和の意思を表示するためであつたとしても、これを正当ないし社会的に相当な行為ということはできない。そして、本件当時評議会、教授会、部局長会議等を含め大学当局がジエツト機墜落等所論指摘の諸問題の処理について、大学の自治を放棄したとみられる対応があつたとは考えられず、また大学の運営に関する臨時措置法が所論のように大学の自治に対する介入を企図したものであるとは同法制定の経緯、同法の目的に照らし到底考えられない。しかして、よしんば大学当局の姿勢に、これら問題の対応に疑問とされる行為があつたとしても、既に説示したとおり、被告人らの本件封鎖占拠行為がその動機、目的にかかわりなく違法と評価し得るものである以上大学の自治を論ずることは無意味なことである。そうであれば、原判決が正当性の判断に当り大学の自治に言及しなかつたのは相当であり、原判決にはこの点につき何ら理由不備はなく、刑法三五条又は憲法二三条の解釈適用の誤りもない。論旨は理由がない。

二  退去命令及び機動隊出動要請は無効である旨の主張について

所論は要するに、入江英雄評議会臨時議長に対する谷口鉄雄学長事務取扱からの権限の委任は教育公務員特例法一〇条に違反し無効である。評議会の議決は大学自治の本旨から全会一致でなければならず、九州大学ではその慣行があつた。しかるに退去命令及び機動隊導入に関する評議会の決定は法学部等五部局の反対があつたのに多数決という採決方法によつて決議されているので無効である。したがつて、無効な決議に基づき、権限のない入江臨時議長によつて執行された本件退去命令及び機動隊出動要請は無効である。原判決がこれらを有効と認めたのは理由不備であり、法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

確かに学長や学長事務取扱がその権限を他に委任するについては法的根拠がないことは所論指摘のとおりである。

しかしながら、当時九州大学においては、同年九月二四日谷口学長事務取扱が病気入院し、事実上自らその職務を執行することが不可能となつたため、そのころ同人から部局長会議に対し、病気回復までの間評議会に臨時に議長を置き、右臨時議長をして評議会の議事運営を司どらしめたい。そして右評議会の決定に対する形式的責任(学外に対する責任)は谷口学長事務取扱が負うが、実質的責任(学内に対する責任)は臨時議長が負い、各学部長、教養部長も臨時議長と連帯してその責任を負うようにしたい旨の提案がなされ、部局長会議、評議会ともこれを了承し、正式な手続に従い入江英雄教授が臨時議長に選出され、その結果爾後評議会の決定を入江臨時議長において谷口学長事務取扱名義で執行する運びとなつたもので、右は学長事務取扱の権限の委任とは解されず、事実上学長事務取扱の職務権限をその名において執行することを認められたいわゆる代行と解するのが相当であつて、学長事務取扱の職務内容が代行に親しむことは明らかであり、右一連の措置に違法はない。なお、大学の学長の任用、免職等について教育公務員特例法一〇条に明文の規定のあることは所論指摘のとおりであるが、入江臨時議長の選出は谷口学長事務取扱の任用、免職とは無関係な単なる代行選任の問題であるから、右選出が右法条に違反するものとは考えられない。また九州大学評議会規則四条二項には「学長に事故があるときは、先任学部長が議長の職務を代理する。」と規定されているが、本件の場合右のような異常事態に鑑み、右規定によるのは相当でないと考えた谷口学長事務取扱の提案により部局長会議による選出及び評議会の承認という慎重な手続を踏んで入江教授が評議会臨時議長に選任されたのであるから、その選任に何らの違法はない。してみると、本件退去命令及び機動隊出動要請が権限のない入江臨時議長によつて執行されたから無効である旨の主張はその前提において理由がない。

次に所論は、評議会の決議の無効を云うところ、本件に関する評議会の決定は、同評議会を組織する一四部局のうち九部局の賛成、五部局の反対という状況で、多数決をもつて議決されたものであつて、九州大学評議会規則六条二項には「評議会の議事は、出席評議員の過半数でこれを決し、」と定められていることからすると、右議決には何ら違法な点はない。所論は大学の自治の本旨に鑑み、その中枢は教授会の自治(学部自治)にあつて、省令に基づく評議会が学校教育法に根拠を有する学部教授会の意思決定を多数決をもつて否定することは不可能であり、全会一致でなければならず、その慣例であつたと云うが、評議会はその組織、権限からして明らかであるように教授会の自治の延長線上にあるものであつて、大学の自治に沿つたものであると共に、評議会が主として全学的な事項について全学的な立場から審議する機関であつて、当該学部に関する事項について審議する教授会の権限とは次元を異にするものであり、したがつて、評議会の決定が特定の学部特有の事項についての議事であればともかく、そうでない以上特定の学部教授会の意思決定に反する決定がなされたとしても、それは当然起こり得る事柄であり、大学の自治に反するものでないことは勿論その設置の根拠である法令の上位、下位の問題ではないと考えられる。そして、本件議事は九州大学開学以来初めてという事態についての議事であつて、各部局で意見が分れるのは当然であると思われ、大学当局としてはそれだけに出来る限り意思統一を図るべく相当長期にわたり評議会、部局長会議等で慎重審議したことが窺われ、全会一致の慣行が前記評議会規則六条二項の規定を空文化したとまでは認められない本件においては、多数決をもつてなされた右議決が違法であるとは考えられない。そして、機動隊導入の対象となつた教養部の教授会が右議事案件について賛意を表していたことに鑑みれば、右議決を違法というのは当たらない。

しかして、福岡県警察本部長に対する警察措置の要請いわゆる出動要請及び退去命令が、事実上入江臨時議長において谷口学長事務取扱の名義をもつて執行されたとしても、前叙のとおり臨時議長の選任並びに評議会の議決が適法である以上右執行は適法であると解される。そうであれば、右出動要請に基づく警察官の本件封鎖解除のための出動は適法な職務の執行であり、退去命令もまた適法である。これと同旨の原判決の判断には所論の違法はない。論旨は理由がない。

三  機動隊の出動は権限のない入江臨時議長の要請によるもので違法であり、封鎖解除に当つて機動隊のとつた催涙ガス使用等の諸行為は違法なものである。被告人らはこれら急迫不正の侵害に対し自己の生命、身体を防衛するため投石や火炎瓶を使用したもので正当防衛であり、敷石を剥いだのは警察官の侵入に備えたもので緊急避難であるところ、原判決がこれらを排斥したのは理由をつくさず、法令の解釈、適用を誤つたものである旨の主張について

機動隊の出動が適法であることは前項で既に説明したところであり、関係証拠によつて認められる原判示のような被告人らの極めて危険な諸行為(投石、火炎瓶や劇薬入りの瓶の投てき等)に徴すれば、本件催涙ガス等の使用の措置が警察官職務執行法七条に定める限度内のものであつたことは原判決が詳細に判示するとおりであつて、これに付加説明すべきものはない。そうしてみると、機動隊の出動、封鎖解除のためにとつた本件警察官らの措置は被告人らの違法な抵抗行為を制圧するための相当な範囲内の行為と認められ、急迫不正の侵害とは云えないので、その余の要件について判断するまでもなく、被告人らの所為が正当防衛ないし緊急避難に該当しないことは明白である。これと同旨を判示する原判決には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

四  放火罪の不成立について

論旨は多岐にわたるが、要するに(一)被告人らには放火についての共謀の事実はなく、放火の故意は勿論未必的な故意もなかつた。しかるに原判決が共謀の日時場所等明示することなく共謀並びに故意を認めたのは理由不備であり、事実を誤認したものである。(二)現住建造物放火については更に右建物は不燃構造であり、特に六階から屋上に通ずる中央階段及び東側階段部分には燃焼する客体がなく不能犯である。しかるに原判決が右部分を焼毀しと判示するだけで、何が燃えたのか判示していないのは理由不備であり、若し右焼毀部分が、右階段に存在する鉄製支柱の上に木ねじでとめられた木製手すりを指すとするならば、右は建造物の一部には該当せず、仮に該当するとしても全く取るに足りぬ僅少部分であつて、これを焼毀したとしても既遂には当たらない。しかるに原判決が既遂を認定したのは事実を誤認したものであるというのである。

まず(一)の点について検討するに、本館封鎖に関与した被告人らを含む多数学生によつて、本館周辺には夥しい数の机、椅子等を積上げたバリケードが構築され、そのバリケードは本館正面では正門及び警務員室直近に至り、西側は玄関前植込北端から図書館北東側出入口に接し東西に結ばれており、これらバリケードが炎上した場合必然的に警務員室、図書館が延焼する関係にあり、被告人らはいずれもこれを認識していたと考えられること、本館西端と図書館との距離は約一九メートル、教養部生活協同組合売店(以下単に売店という。)との最短距離は約一一メートルであり、警務員室までもさしたる距離はなく、いずれも投てきされた火炎瓶の到達範囲内に存在していること、被告人らは本館屋上への機動隊の進入を阻むため、六階から屋上に通ずる本館中央及び東側各階段部分に可燃物である木製机や椅子等をもつてバリケードを構築したこと、被告人らは相当期間本館内に起居し、その便宜のため、教官室の木製間仕切り壁の一部を除去し、二部屋を一間同様の状態にして使用し、また右バリケードの構築行為に参加し、その階段の木製手すりの一部を切断しており、本館が一部可燃物構造であり、右階段部分にも可燃物である木製手すりがあることを認識していたと思われること、被告人らは機動隊による封鎖解除を阻止し遅らすためには、火炎瓶を投てきすることにより、図書館、警務員室、売店や本館右階段部分ぐらいが燃えても止むを得ないと焼毀の結果を認容していたこと、そして原判示のようにこれら建物に火炎瓶を投てきしたこと等に徴すれば、被告人らに未必的にもせよこれら建物に対する放火の故意があつたことは明白である。所論は被告人らの捜査官に対する故意があつた旨の供述は捜査官の作文であり信用できないと云うが、本件各建物が右の如き距離関係にありバリケードに接し封鎖されていたこと、現に売店及び右階段の手すり等が火炎瓶の投てきにより焼毀され、図書館及び警務員室周辺には火炎瓶の破片が多数散乱し、図書館の板壁の一部が黒くすすけ、警務員室の屋根に未発火の火炎瓶が存在していること等を綜合して考えると、これら建物が燃えても場合によつては止むを得ないと考えていた旨の被告人らの捜査官に対する各供述は、その真意を語つているもので、単なる捜査官の作文とは考えられず、十分信用し得ると思われる。右と相反する趣旨の被告人らの原審各供述は採用できない。

次に所論は、中桐を除くその余の被告人らは右各階段に火炎瓶を投入したことはなく、図書館等本館を除くその余の前顕各建物に火炎瓶を投てきした者は限られていて、被告人福永、同丸内、同守口、同石田、同有川、同川上らは投てきしていない。そして、被告人らはそれぞれ各セクトに分れており、その間に意思の連絡はなかつたから共謀はあり得ないと云う。しかしながら、本件当時本館に立て籠つた者は被告人守口、同福永、同木村、同中桐ほか二名が反帝学評、同丸内、同白川、同高田、同伊東がM・L派、同有川、同川上ほか一名が中核派、ほか三名が革マル派の関係者であり、右四派の者はそれぞれ各派毎に部屋を異にして起居していたこと、被告人らはいずれも同年九月一九日から二三日頃までの間に、機動隊による本館封鎖解除を実力をもつて阻止する共通の目的をもつて本館に立て籠つたこと、同月二三日以降必要に応じて数回の各派代表者会議が開かれ、そこで各派の守備範囲が決定され、情報交換なども行なわれ、これらの事項は各代表者を通じて各派の者に伝えられたこと、同月二三日頃から数日間行なわれた前記中央階段のバリケード強化作業や、取り外した扉を使用しての本館屋上の防禦楯の設置等は各派の協同作業によつて推進されたこと、投石用の本館屋上敷石(コンクリート製ブロツク)の剥ぎ取り、火炎瓶の作成は各派毎に行なわれたが、その使用はその派の者に限らず、どの派の者でも自由に使用し得る暗黙の了解が各派間にあつたこと、そして機動隊による封鎖解除の阻止という共通の目的のため、未必的にもせよ放火の故意をもつて、右立て籠つた者の一部が、前記各建物(前記各階段を含む)に火炎瓶を投てきしたこと等の事実に鑑みると、被告人らを含む右立て籠つた者全員の間に、各派の違いを越え、全員一体となつて定められた各守備範囲を守り、機動隊による封鎖解除を阻止しようと目的及び意を同一にし、その阻止のため投石、火炎瓶の投てきこれによる放火等の所為に及んだものと解され、被告人らの共謀共同正犯ないし現場共謀を認めるに欠けるところはない。

次に(二)の主張について検討するに、本館の構造はその外郭、主要な壁、柱等は鉄筋コンクリート造りであるが、各階各室の廊下側壁は大部分が木製の格子組支柱を両側から木板をもつて挟むいわゆるタイコ張り構造であつて、五、六階の教官室の間仕切り壁は殆んどが、右同様の構造をもつた木製壁である。そうしてみると、本館はその一部が可燃物である木材をもつて構成された建物で、放火罪の対象たる建物であることは明らかである。そして、六階から屋上に通ずる東側階段西側壁はモルタル塗りの板壁であつて、その廊下天井はベニヤ合板張りの構造であり、同階段及び中央階段の手すりは木製であつたこと、東側階段上部から屋上に通ずる通路北側には倉庫及び貯水タンク室が設置されていてその入口枠は木製であるところ、右の壁、天井部分が建物と一体をなすその構造部分であることは明らかであり、右入口枠はコンクリート壁に固定されてその一部を形成し、階段手すりは階段コンクリートに埋め込まれた金属の支柱に取り付けられているが、手すりはその用法上安全を期するため、容易に外れることのない程度には支柱に固定されているべきもので、階段と一体をなすものと考えられること等に鑑みると入口枠及び手すりは建具等簡単に取外しが可能な物とは性格を異にし、建造物の一部と認めるのが相当である。

そして、右各階段部分まで機動隊員らが来たことを知つた被告人中桐ら数名の者が、これを阻止するため中央及び東側階段に火炎瓶を投入して発火・炎上させ、これらの火はバリケードに使用された木製机等の媒介物に燃え移り、激しい火勢となつてコンクリート壁をこがし、その一部を剥落させ、手すりを支える金属部分や金属性ロツカー等を赤銅色に変化変形させ、手すり、前記モルタル壁、天井の一部、木製入口枠に燃え広がつて独立に燃焼し始めて、これを焼失或は炭化させており、その火勢が激しさを極めたことは、右コンクリート壁の剥落、金属製品の変色、猛然と立ち登る黒煙の状況等によつて明らかであつて、本館建物が前叙のとおり多数の可燃物によつて一部構成されていることを併せ考えると、右状況が発生した段階で既に公共の静ひつを害したと云うに妨げはなく、現住建造物放火の既遂と認めるに十分である。

所論は、被告人らは機動隊員が本館に侵入する前にこれを阻止するため階段部分のバリケードに火を放つたもので、同隊員が消火のため本館内に入つてきても現住建造物放火罪に当らないと云うが、被告人らはバリケードを排除しながら階段を上つてくる機動隊員に対し火炎瓶等を投げていたのであるから、その所為が現住建造物放火罪に該当することは明らかである。

また焼毀部分が建物全体からみて本件の如く僅少の部分である場合既遂に当たらないとも云うが、建物の一部を焼毀したことに変わりはなく、放火罪既遂の成否を左右するものではない。更に、原判決は共謀の判示に日時を示さず、本館の焼毀物件について何ら明示していないのは理由不備である旨主張するが、共謀の判示としては原判決の摘示で十分であり必ずしも各被告人毎に共謀の日時を特定する必要はない。また放火罪における焼毀部分の判示としては、建物の構造上の何れの部分を焼毀したかを判示すれば足り、その構造材を個個に特定してまで判示しなくとも、その特定に欠けるところはないと解されるところ、これを本件についてみるに、本館自体が放火の対象となり得る建物であり、中央及び東側階段の各六階から屋上部分にかけ、前説示のとおり建物の一部と解される可燃物が存在し、右部分に焼毀の結果が生じているのであるから、罪となるべき事実の記載としては、原判決の判示程度をもつて足りると云うべきである。

そうしてみると、原判決には所論の如き違法はない。論旨はいずれも理由がない。

五  その余の理由不備並びに事実誤認、審理不尽等の論旨について

(一)  建造物損壊について被告人らの立て籠つた時期はそれぞれ異なり共謀の成立はないと主張するが、被告人らの意思の連絡、その内容、立て籠りの時期及びその行動は、放火の項で説明したとおりである。かりに右期間中時々外泊したり、あるいは他より遅れて右立て籠りに加わつた者がいたとしても建造物損壊は一〇月四日まで続いていたのであるから、その目的を認容してこれに加担している以上共謀の成立は明らかであり、その責任を免れることはできない。原判決に所論の違法はない。

(二)  退去命令及び機動隊の出動は違法であつて、被告人らの立て籠りには正当な理由があり、不退去罪及び公務執行妨害罪は無罪であると主張するが、退去命令及び機動隊の出動が適法であることは第一の二で、被告人らの立て籠りが違法であることは第一の一で既に説明したところであり、原判決に所論の誤りはない。

(三)  大森行弘ら機動隊員の負傷は自傷行為と評価する余地がある旨主張するが、関係証拠によると右各負傷は被告人らの投石、劇薬の投てき等によることは明白であり、原判決に所論の違法はない。

(四)  被告人らの本件所為は正当防衛及び緊急避難であるばかりでなく集合したわけではないから兇器準備集合罪は成立しない旨主張するが、被告人らの本件所為が正当防衛、緊急避難に当たらないことは第一の三で説明したとおりであり、被告人らの立て籠りの時期、その目的、行動の態様、意思の連絡は放火の項で説明したとおりであり、被告人らが右目的のため原判示第一の一記載の兇器を準備したことは関係証拠によつて明らかであり、原判決に所論の誤りはない。

以上のとおり論旨はいずれも理由がない。

第二量刑不当の論旨について、

所論に鑑みて記録を精査し当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は被告人らが共謀のうえ、自己らの主義、主張を実力をもつて貫徹しようとして、本館をバリケード封鎖し、予想される機動隊の導入に備えて多数の兇器を準備し、そのため建造物を一部損壊し、大学当局の退去要請にも応ぜず、封鎖解除のため機動隊が出動するや、原判示日時場所で火炎瓶等を投てきするなど原判示の所為に及び、多数の警察官に傷害を負わせ、判示建物を焼毀するに至つたもので、右建物の物的損害(約七〇〇〇万円)のほか研究資材・図書の散逸授業並びに教養部機能の停止等を加えるとその被害は甚大であつたこと、その他本件犯行の態様、結果の重大性、社会に与えた影響、他をかえり見ない執拗な攻撃と破壊、現行法秩序無視の姿勢、被告人らの各セクトにおける地位、その前科、反省の態度等に鑑みると、その刑責は重く所論指摘の諸事情を被告人らに有利に斟酌しても、被告人守口を除き原判決程度の科刑はやむを得ないものと認められ、所論のようにそれが重きに失し不当であるとは考えられない。

しかしながら、被告人守口の場合、刑の執行を猶予された他の被告人らと、その行動、犯行態様を比較検討するとその間に殆んど径庭がなく、これに犯行後町の小会社や工場で真面目に働きいわゆる運動から身を引いていると思われること、現在八二才の父親と同居しており反省の情が認められること等の事情を考慮すると、現時点では重すぎると考えられる。論旨は被告人守口については理由があるが、その余の被告人については理由がない。

よつて、被告人守口を除くその余の被告人については刑訴法三九六条に則り本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項但書により、これを被告人らに負担させないこととし、被告人守口正己については同法三九七条、三八一条により原判決中同被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書にしたがいさらに自判する。

原判決が認定した被告人守口正己の罪となるべき事実に対する法令の適用は原判決摘示のとおりであるからこれを引用し、その処断刑期の範囲内で同被告人を懲役三年に処し、原審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、刑の執行猶予につき同法二五条一項を、原審及び当審における訴訟費用の負担免除につき刑訴法一八一条一項但書を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 徳松巌 斎藤精一 桑原昭熙)

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